和歌山県南紀熊野のトリビア!さほど重要でもないローカルな話題から、国際的?な話、へ〜と言えるお話しがあるかも知れません。

武蔵坊弁慶縁の地、田辺市闘鶏神社には、義経の吹いたと言われる横笛がある!

 
 田辺市闘鶏神社と武蔵坊弁慶
約800年程むかし、熊野三山第二十一代別当湛増の子としてこの地に生まれた武蔵坊弁慶ですが、闘鶏神社(とうけいじんじゃ)は、その父別当甚増が源平の戦いに、平家側に付くか源氏側に付くかを決めるため、社前で紅白の闘鶏を闘わせ決めたと言われる神社です。
田辺市内には、弁慶と父、別当甚増に縁の数々が残っており、現在の田辺第一小学校付近は、弁当湛増の屋敷跡と言われており、近くの八坂神社には弁慶が鬼若と呼ばれていた幼少の頃、腰をかけて遊んだとされる「弁慶腰掛け石」が残されています。
 
 義経鍾愛の笛
奥州衣川の戦いで、追っ手から主君源義経を守り、壮絶な最期をとげた武蔵坊弁慶ですが、主君義経縁の品とされるのが、この横笛”銘白竜”で、亨和元年酉10月27日に領主安藤道紀によって奉納されています。
この横笛は、一般的に”龍笛”と呼ばれる木製の笛で、指穴は七つ、現在、闘鶏神社で展示しており、拝観可能です。
 
武蔵坊弁慶縁の地、田辺市闘鶏神社には、義経の吹いたと言われる横笛がある!
  

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