南紀熊野の歴史・文化・祭り


このコーナーでは、南紀熊野地方の歴史や文化、祭り、この地方の唄や言葉(方言)、人物などの
紹介していきたいと思います。(表現に誤解を招くような場合はお許し下さい。) English Here

南紀熊野の歴史
 
西暦700年頃から現在まで日本人の間で息づく熊野信仰。かつてこれほどの長い年代に渡り多くの人々に信仰されたものが存在したであろうか。「なぜ人々は熊野を目指したのか。」世界遺産登録の参拝道、熊野古道を中心に、熊野信仰、熊野三山をご紹介します。
 

南紀熊野の文化、芸能、祭り
 

  全50地区以上を網羅

  
※16年10月:近露野中の獅子舞、大塔村上野の獅子舞、串本町田並天満宮、江住春日神社、日置川、田野井春日神社の獅子舞を追加!
 ※16年11月:太地町飛鳥神社の獅子舞追加!

 ※現在、本宮町及び熊野川町の獅子舞について情報を収集中ですが、資料、情報をお持ちの方、ご連絡頂きたいと思います。(なぜ、本宮町、熊野川町には獅子舞がないのか?あったのか?)
獅子舞は、本来「獅子(ライオン)」の居ないアジアで、麒麟と同様に想像の生き物として、神秘的なイメージからか宗教的な場に登場する事になったのでしょう。中国で獅子舞として舞が確立され、仏教などと一緒に日本に渡来したことは紛れもない事実で、全国でその数は減ってきたとは言え、数百にも達すると思われます。ここ南紀地方も、それぞれの祭りの起源、由来、祭神は違いますが、約200年前頃に古座から伝えられたと言われる獅子舞が継承され、今も奉納されています。ここでは紀伊半島南部、特に古座町を中心として、串本、潮岬、出雲、有田、紀伊大島、古座、古座川、紀伊田原、下里地区、勝浦、新宮、そして遠く田辺、中辺路方面に伝わる獅子舞と、それぞれの祭りについて紹介し、インターネット、歴史的文献、地元資料等をもとにした個人的一考察を掲載します。
 
紀伊半島南部には、熊野信仰を中心とした歴史的にも価値のある祭りが沢山行われています。古代より信仰深かったこの地方の人々は、書物にも記されているように、巨木、巨岩、巨石、滝など自然の造形物を信仰の対象とし、そこにそれぞれの時代の権力支配層や外来信仰の影響を受け、発達して現在に至っています。
 
■紀伊半島南部に伝わる祭りや獅子舞奉納、公演、イベントなどの日程を紹介します。貴方の街のお祭りや獅子舞奉納、公演など連絡いただければ掲載いたします。
 

その他
 
ここは串本向かいは大島、仲を取り持つ巡航船..と唄われた、串本〜大島を結ぶ巡航船も、くしもと大橋の開通で一旦は姿を消しましたが、いままた観光巡航船として復活しました。この全国的に有名な「串本節」などについて紹介します。

 
南紀熊野地方の言葉、アクセントは、東牟婁郡の那智勝浦町を境に、東よりの言葉と西よりの言葉やアクセントが違います。この言葉の違いや方言について紹介します。

 

 ※「伊勢大神楽講社」以外にも、『伊勢大神楽』を名乗って活動する集団がありますが、国から重要無形民俗文化財の指定を受けているのは「伊勢大神楽講社」だけです。
 詳しくは、伊勢太神楽講社ホームページをご覧下さい。

南紀の横笛、篠笛作り方、吹き方、歴史

 
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ご指摘下さい。場合によっては内容、表現等を訂正いたします。